無題

 

父親が浮気をして両親が離婚をする。

 

半年前、最初に聞いたときは「もうこの年だし俺は大丈夫」そう言ったし現にそう思っていた。

 

ここまで育ててくれたからな。悲しさも怒りもない。自分の家族のことなのに流石に自分は薄情だとも思った。

 

これが大人になったからなのか、感情的ではない性格だからなのかはわからないけれど、驚くほど冷静で淡々とその話を聞いている自分がいた。

 

 

 

法律は残酷だ。

 

離婚というのは夫婦2人の関係。例え100%夫が悪くても資産は折半。

 

それに追加で不貞行為をした父が多くても300万円多く支払うだけだ。

 

20年弱専業主婦としてやってきた50代の母が今後どうやって職を得るのだろうか。

 

法律は、守ってくれない。

法律は、資本主義だ。

 

どんなに相手が悪くても、お金がなかったら訴えることすら難しい。これが今の日本の正義だ。

 

 

先日、父親と2人で呑みに行った。

 

家庭内別居でほとんど会話もなかったのに、何事もなかったかのように話しかけてくる。

 

「ごめんな、もう母さんとは一緒にいれない」

 

父親は悪くないんじゃなかと思ってしまうほど、自分が被害者かのような口ぶり。

 

 

不貞行為をしたことは事実だけれど、とにかく父の話も聞いてみようという気持ちになった。だから、行った。

 

 

雨が降り始めた頃に店に着いた。近所にある小さい自営の居酒屋だ。

 

 

木目調に揃えられた内装と、なんとも言えない地元のお店特有の匂いがした。

 

好きな匂いだったし、父もこの匂いが好きだと思う。

 

「とりあえず一通り聞かせて」

 

沈黙が怖くてそう言った。

 

父の口から直接聞きたかった。いや、反省の言葉が欲しかったし、もっと言えば、土下座でもしてくれるんじゃないかと願っていた。

 

 

 

不倫相手は、50代の風俗嬢。

 

子供を養うためにこの仕事をせざるを得なかったらしい。

 

そのことを聞いた父は「応援」という大義名分で何度か指名をする。

 

そしてあるとき、その相手からいつものお礼にとハンカチをもらったらしい。

 

父はその人柄に惹かれたけれど、相手が乳がんになり乳房を摘出するためその仕事を辞めた。

 

そしてあることがきっかけで、連絡を取り合うように。これが彼の言う真実だった。

 

同じ男だから気持ちは分かってくれるだろう。そんな口ぶりだったのを覚えている。

 

 

 

父の浮気が発覚したのは、去年の10月。

愛犬が亡くなり、散歩したことのある横浜の公園で夫婦2人で散歩していた時のことだ。

 

ベンチに座って話をしていると、父は上の空でiPadを熱心に触っている。

 

母はそれが目に入り、明らかに浮気相手と取れる内容の連絡をとっていたことでバレた。

 

 

家族のこともこうやって共有できないなら、もうこのまま関係を続けていくことはできない。それが母の気持ちだった。そして僕も同じ。

 

 

 

 

話の流れで父は急に嬉しそうに話しだした。

 

 

乳がんで胸がないでしょ?起つかなと思ったけど...勃ったわ!」

 

ひと笑いとったかのように笑っている。

 

気分は最悪だった。

 

 

僕はとっさに外の雨が強くなったことに意識を向けた。そうしないとその言葉を受け入れられなかった。

 

 

 

こいつは、僕に似ている。

顔の骨格も、酒が好きなところも、人にいい顔をしようとするところも。

 

だからこの店の匂いがこいつも好きなこともわかる。

 

 

それがたまらなく気持ち悪くて、頭を殴られたように感じたのは、その言葉で一気に酒が回ったからだと思う。

 

僕はこいつから生まれた。そして似ている。だからきっと「分かってくれる」そう思ったんだろう。

 

でも僕はそれ以前に、お前の息子だ。

目の前にいるこいつは1人の男ではなく、父親だ。

 

 

父親から聞く不倫相手との猥談に自分の存在を否定された気になり、目の前にある酒を煽って誤魔化した。

 

 

 

家計を全て任せ、1度もチェックしたことすらなかった父は離婚の原因を「母の金遣いの荒さ」だと言う。

 

「俺が働いた金なんだから」と、ダメな夫の教科書に載っている言葉も出た。本当に言う人がいるんだと感銘を受ける。

 

彼の中で浮気が正当化されているというよりは、これまでの自分を否定しないように必死になっているようにも見てとれた。

 

 

「俺の子供なんだから何かあったときは頼れよ。」

 

そう言ってくれたこいつは親父なりにカッコつけたかったんだろう。この言葉が最高に格好悪い。

 

 

そのあとはずっとこれからの互いの人生の話。

 

途中から会話に入ってきた知らないおっさんに僕を「バカ息子」とゴミ人間が紹介する。

 

それなりに有意義に過ごそうといろいろ話したけれど、お酌する度に、大奥の毒を盛るシーンが浮かんで仕方がない。

 

こいつの嫌いなところは、酔うと偉そうになるところだ。この状況でさえ。

 

どんなに自分が悪くても、気に入らなければすぐに怒る。そこは似なくてよかったと心底思う。

 

 

なぜか最後は息子として責められた。

確かに親不孝だけれど、こんなやつに何も言われたくはない。

 

こいつが何を言っているのかははっきりと覚えていないけれど、とにかく否定されていることだけは分かった。

 

 

その言葉たちに心臓を殴られたような感覚お覚えた。今度は酒のせいじゃない。

 

気付いたら上着を来てマスクを付けていた。

 

いろんな言葉が頭を巡る。

これが失望なのか殺意なのか分からなくてとりあえず声にしてみたら

 

「おめえが浮気したんだろ」とだけ言えた。

 

 

きっと支離滅裂だった。

でもそれで精一杯だった。

 

父親に対する言葉遣いじゃなかったこと、母が離婚の原因かのように話すことへの憎悪、一生関わりたくない気持ち、いろいろなものが混ざってやっと出た言葉がこれだった。

 

本当はもっと言ってやりたかったけれど、とにかくあの空間から早く立ち去りたかった。だからすぐに店を出た。

 

 

自分がこんなに感情的になれたのか。

あまり感情が豊かではないし、友人が亡くなっても涙が出なかった。

 

どこか遠くにいて、自分と周りを俯瞰している。だからそんなに傷つくこともないし、誰かに同情するようなこともできない。

 

 

実感したからだと思う。

 

親が離婚した事実や、残念な父親をみたのではなく、自分の当たり前が壊れたことに打ちひしがれたから。

 

 

少し安心している自分もいる。

 

家族のことなのにこんなにも冷静な自分が少し嫌だった。しっかりと自分が思っているよりも悲しくて、自分が思っているよりも憎かった。

 

 

ちゃんと自分には感情がある。

それをもっと確かめたくて、顔が濡れて分からなかったから声を出してみたら泣いていた。

 

こんなときでさえ自分じゃ分からないくらいに自分自身から遠くにいる。

 

最悪な出来事と少しの安心で、帰り道は3分くらいだけど泣いて帰った。誰にも会わなくてよかった。

 

 

それからあいつとは話していない。

僕の最後の一言に苦し紛れに微笑していたけれど、僕の言葉が刺さったのか怒りに変わったかは分からない。

 

でもいいたいことは言えたし、何も後悔していない。

 

 

 

 

近頃しばらく筆が止まっていた。

何もする気が起きなかった。

 

きっと言い訳にはこの件が適当だと思う。

 

 

離婚問題が拗れてきて気づかないところでエネルギーを吸われていたのかもしれない。

 

でももう止まることはできないので、全力で休めた期間として処理することにした。

 

気持ちに踏ん切りがついたから、行ってよかった。

 

 

「子供は親のことを選んで生まれてくるんだよ」って最初に言った人は、自分の家庭が幸せだという自己紹介にすぎない。

 

この理論ならば子供側に見る目がなかったのかな。

 

GWに親父が引っ越すと聞いたからそれまでは適当に過ごして、できるだけストレスフリーな生活を送ることにする。

 

 

いつかあいつが自分の人生を省みる機会が訪れますように。